52章 碧翼の手紙
洞窟の中で雨が止むのを待ってる間、私は暇で何気なく足下や天井なんかを見つめまわしていた。
レイはずっと突っ立って雨が降り続けるのを見ていた。雨、止むかなぁ?
昨日までの照りつける砂漠の日差しが嘘みたいに砂漠を抜けたあたりからどしゃぶりの状態だし。
早々止むとも思えないんだよね、この様子じゃ。蛇が龍になったから、こうなったのかな?
龍は翼がなくても飛べて雨を降らせることもできるらしいし。これは鈴実が言ってたことだけど。
中国じゃ龍は神聖だったのに、ヨーロッパとか西洋じゃラスボス扱いなんだよねー。
しかも龍と竜じゃ外見や能力も違うとかどうとか。
両極端な幻想の生き物だなあって思ってたけどいるもんなんだね、本物の龍。まるで夢の中みたい。
龍が天に昇るのを見た時に感じたのが、神々しさって奴なのかなあ?
……よくわかんないや。神様なんて遇ったことないし。でも、どうなんだろう?
神々しいってどんな意味だったかなと思い出そうとして、視線が自然と上向いた。
目に飛び込むのはどこも湿ってみえる冷たい陰った焦げ茶色。暗い洞窟の陰鬱な雰囲気しか読みとれない。
天井には何もない。暗い洞窟には定番のコウモリなんかもいない。雰囲気盛り上がらないなあ。
盛り上げたところで、レイと二人でいるんじゃ長続きさせられないだろうけど。
怖いって言えば抱きつける相手じゃないし、物音に驚いても逃げる前に捕まえるだろうし。
ホラーハウスじゃないんだから怖いものなんてないと思うんだけどね、うん。
レイはアクションのお任せ役であって、レジャースポットで一緒に過ごす人物ではないです。
コウモリって洞窟の外近くにいるって前に漫画で知ったんだけど……此処まで進んでも、いないなぁ。
入って百歩もしないうちに行き詰まった洞窟を何度か前と奥に抜き差し、を繰り返すことはや三回。
隠し通路もなさそうだし、雨が止んだら此処にもう用はないか……なっ?
あれっ、足の指からさっきぐらついた。穴? ここに穴があるの?
私はしゃがみ込んでよく見ようとしたけど、天候が天候だから暗くて読みにくかった。
指を地面に押し当てて土をこするとでこぼこが確認出来た。
これは、こけるほど幅の大きなものじゃないけど、でも小さいってわけでもない。
「レイ、ここに何かあるよー。穴みたい」
こういう時はレイに報告。私が頭捻るよりレイにきいたほうが早いから。
「……穴じゃない。字だ」
自分の足下を見てレイはことなげもなく言った。え、これ字なの? モールス信号みたいな?
改めて見直してみたらさっき私がこけそうになった穴の横にも溝があるのがわかった。
これがこの世界の字かな? でも私は読めなかった。暗くて見えない以前に、日本語じゃなかったら読めないし。
美紀でも読めないだろうなー。なんせこの世界は異世界で、異世界の言語だもん。
英語と中国語ができても、読めるはずないよ。だから、困った時には現地人のレイに訊く。
「何て書いてあるか読める? レイ」
「……」
「レイ?」
「……王様の耳は」
はへ? 冗談で言ってるわけじゃないよね? でもそれって。
レイも読みにくい表情だけど不機嫌そうだった。馬鹿にされた、っていうな感じの。
「ごめん、もう一回言ってくれる?」
でも、私は聞き返してしまった。まさか異世界と童話の内容が同じなんてことないでしょ?
「王様の耳は」
「ロバの耳」
何も起こらなかったしレイは頷かなかった。あれ? そうくればこう来ると思ったんだけど。
「尖っていない、だ」
冷めたツッコミをされた。レイなのにストレートな返答を貰えた。いや、冗談だったりしない?
「えー。それじゃ普通じゃ」
『グッ……ゴゴッ』
え。地面が、動いた。ってことはー。
「まじですか……?」
無言でレイに腕をつかまれて抱えられて、足下で開いた穴から暗い影に潜っていく。
お約束のようなフェミニストのような、レイの面倒見の良さを再確認。
魔物の攻撃があったら私に魔法を使えって言うのはわかるんだけど。ちょっと、嬉しい。
大きな音もなくレイは地面と無事に着地した。衝撃も音に比例して軽いもの。
そう長いこと落下してはないのかな、洞窟の外で雷が落ちたのが聞こえた。
それで此処は……地下、っていうのかなー。落ちてきたわけだから。
でも、間違ったら落ちるならともかく正解したら足場崩壊ってアリ?
問題の答えは王様の耳は尖ってないだかいないだかで。尖ってないって、普通のことだよ?
「あ、降ろしてレイ」
レイが私を降ろして、地面にストンと音をたてての着地のはずが音がしなかった。
「あれ?」
そういえば此処に着地した時も音はしなかったけど……私が爪先で軽く地面をつつこうとしたら。
するっと煙の中を通り抜けたような感覚だった。泥でもなくて雪でもなくて。
軽いシャクッていう音でもなくて、ずぶり、ってぬかるんだ地面の音でもない。地面、だよねここ?
空でもなくて海でもなくて、陸地。泥沼でもプールでもなくて宇宙でもなくてここは洞窟の中で。
無重力の空間なんてあるわけないし。なんだか浮いてる気分が半分、地面に足がついてる感覚が半分。
……なんなんだろう、此処。それにちゃんと地面に足ついてる?
足がちゃんと地面についてるのがわかれば浮いてる気はしなくなるよ、うん。
私は自分のあしもとを見た。足はちゃんとついて……ない!? 地面とは明らかに違う何かがある。
白い霧みたいな、でも底はみえないようなそんなのに私は足をつけてた。
「パニック、起こしても良い?」
私はレイにきく。ホントは良いか悪いかを聞いたところで制御できるようなくらいじゃないけど。
「混乱を表にだして何になる」
う。冷めた声と表情に言われて私はパニックしそうだったのが収まった。
これからはパニック状態になる前に今のレイを思い出すことにしよう。
思い出したら、すぐに混乱が落ち着く気がする。こんな鋭い眼を向けられたら、ねえ?
「そういえばさっきの王様の耳はーとかいうのって何の話?」
レイが歩き始めたのを見て私も歩調をなるべく合わせて横に並んだ。
土の上じゃなくても、歩けるんだもんなんだなぁ。霧っぽい場所の上を。
いろいろ疑問は浮かんでくるけど、もう混乱したりはしなかった。慣れかな、こういうのって。
「童話だ」
この世界の童話には王様の耳は、って似たようなタイトルのお話があるんだ。
「どんな内容?」
レイはそこで小さくため息をついた。私何か変なこときいた? 首を傾げてみてもわからなかった。
まあ、傾げても捻ってもすぐには出るわけないけど。それに異世界だから常識が違うのかも。
異世界なのに言葉が通じるって不思議だよね。前に光奈にきいたら苦笑しながらこう答えてくれたけど。
この世界の神が言葉に困ることがないようにしてくれたんだって。でも、納得できないんだよね。
そんな一言に出来るような簡単な理由でまかり通るなら苦労なんてないんじゃないかなこの世界に。
言葉に困らないようにするなら、どうして動物の言葉がわからないのかな。
この世界に来てから鳥の囀りを耳にしても何を言いたいのかは、わからなかったし。
ガーディアは長い年月を生きてきたから喋れるみたいなこと言ってたっけ。
この世界の通訳する人と翻訳する人は商売あがったりさがったりだね。
実際のところはどうなのか美紀に尋ねたら長い語りになっちゃうから言わないけど。
鈴実に言った時はあたし達は言葉に不自由してないんだからそれで良いでしょ、だったよ。
「ねえってば。どんな内容なの?」
答えてくれない。何か言いづらいことでもあるの? 童話なのに?
「魔物を統べる魔王に人間がなった話だ」
えーと。おもいっきりファンタジーで童話の王道のはずが、でもこの世界でも非現実そうな内容?
王様の耳=魔王の耳。つまりお話の中での魔王の人の耳は尖ってないってこと。
じゃあ魔王以外の魔物の耳は尖ってることが前提なの? それってエルフじゃなくて本当に、魔物なの?
私は人間が魔物の頂点にたつことより、耳が尖ってる魔物が気になった。
レイから聞き出した童話の内容はこういうことだった。
魔物と人間が同時に存在する世界がありました。二つの種族は対立しながらもなんとか生活していました。
数でいうと人間が圧倒的に多かったのですが魔物は個体ではとても強く孤高の生き物でした。
ある日魔物を統べていた魔物の長が一人の人間をさらいました。
さらわれた人間は魔物の長に魔物を統べる魔王になれと言いました。
反抗勢力もいました。でも降りかかる困難を乗り越え、その人間は魔物を統べるにたる絶対的な力を得ました。
そしてその人間はこれ以降ずっとずっと魔物を統べていく。はい、終わり。
参考資料としては、このお話ができた時は耳が尖ってればそれが魔物の証拠。
そういうことで王様の耳は尖ってないってことみたい。魔王は人間だってことを黙示してる題名。
このことをレイから聞いてるうちに白い霧が薄くなってだんだん地面が見える場所まで来れた。
それにしても長いなあ。もうずっと歩きっぱなしだけど行き止まりとかもないし。
地上の洞窟と違うことといえば白い花が岩壁を埋め尽くすくらいに生えてること。
足下以外の土の場所、左と右と上は白づくしで目がくらくらしそう。
やばっ……視界が薄れてきた。おまけにぐらぐらする。私は頭を振って地面だけを見つめた。
足下だけを見てないとさっきみたいに視界がぐらついて倒れそうになっちゃう。
白いユリに似た花がびっちりと群集してるのより正体不明の地面のほうが、まだマシ。
花の香りが強いのか弱いのかわからないけど、白い花の香りのこともあるのかな……
気分はあんまり良いものじゃない。吐き気がする程のむかつきはないんだけど。
レイはよくなんともなさそうに前を向いて歩いていけるよね、すごいよ。
でもどうして洞窟の中は暗いのに白い花はくっきりとよく見えるんだろ?
あ、目線下げないと。自然と目線があがっていくことに気づいて私は意識して下げた。
『トン』
「うひゃっ……レイ?」
私の右肩がレイの左腕とぶつかって私は視線をあげた。行き止まりかな?
白い花が目の前にあったらすぐ目線を下に戻さないと。
見上げると視界に広がったのは行き止まりじゃなくて何かの入り口だった。
のっぽの彫刻が2体道の脇に並んでいて、暖簾が掛けられてる。
暖簾の向こう側には誰かが一人で立ってる。
先に話し掛けたのは入り口の向こう側の人だった。
「何の用ですか?」
「キリ=ルイスに所用がある」
応答はレイに任せて私はその人を観察してみた。
今回異世界に来てから、私みんなとはぐれてばっか。だから普段は鈴実と美紀に任せてたことを、ね。
この人門番なのかな。見張りをたてるのってお城とかお屋敷くらいしかないと思ってたけど。
洞窟の中で見張りを立てたりするってことは、どういうことだろう。普通いないよね?
財宝が隠されてる洞窟を王国の調査隊が探索中なのかな。でも、この人の服装は村人スタイルだよ。
何かの祠の守りってわけでもないよね。この先に人が住んでる村がある?
レイがさっきキリ=ルイスさんの名前を出した。この村の村人なのかな。
でもこんな地下に村があるとは普通思わないよ。落とし穴はあったけど。
そもそも砂漠を越えてまでこの洞窟に来たいと思う盗賊なんているの?
「……では通行の許可状はありますか?」
「こいつが持ってる」
レイにとんと肩を叩かれて私は考察することから抜け出した。
私そんなもの、持ってた? っていうか貰ったかなそれらしいもの。
あの国で貰ったものといえば、カースさんの手紙くらいだけど。
私が一応手紙を出したすとレイが私の手からひったくって門番の人に見せた。
「……あなた方の通行を許可します」
どうぞ、と道の真ん中から退いて、レイが歩み出す。
私は置いていかれないように後に続いていく。
「あ、私とレイ以外にもあと5人連れが来ると思うんですけど」
私は手紙を持ってたから通れたけど、手紙は一通だけ。
だから私が言っておかないと通れなくなるとこだった。危ない危ない。
進んだ先には予測があたったみたいで、家があった。
奥へと行くにつれ、たくさんの家が見えてきた。村だね、これくらいだと。
洞窟の中だから太陽の光は届かない。松明でそこら中が照らされてたけど仄暗かった。
どうやってここに住んでる人は生活してるんだろ。
「こんな場所で毎日生活できるとは思えないよね?」
「ああ」
人は誰もいないし……建物だけしかない。隠れるのには良さそうだけど。
こんな場所にいるキリ=ルイスって人、どんな人なのかなー。
「ここは寝るためだけに作られたんですよ」
レイより数メートル先の場所に女の人が大きな建物の前にいた。
「ようこそ、私はキリ=ルイスです。待っていましたよ、あなたがたを」
ふわりと笑いかけられて私もつられて笑いかえした。女の人だったんだ、キリさんって。
こんな場所にいるからどんな人かと……巨漢かなあ、って思ったんだけど。普通の女の人。
でもお互いに笑みを浮かべてて動かない。私の場合安心して深呼吸した後みたいな感じ。
すーはーっ…………ってやったあとの無言で笑顔浮かべちゃってる。そんなの。
ラジオ体操じゃないけど。えーと、それで私は……あ。手紙!
「カースさんからの手紙を渡しに来まし……あれ?」
渡すはずの手紙がない、ことの理由に気づいて戸惑った視線がレイの左手で止まった。
あー、そういえば。あの時の門番の人に見せる時にひったくられてそのままだったっけ。
それでその後レイがどこかに隠してたなあ。レイは武器を隠し持ってるだから手紙くらい、わけないよね。
「それをこちらへ。あなたも中は知りませんね?」
すっと右手をだして、受け取るかと思ったら奥の建物を示された。
レイも手紙の中身知らないの? いや、まだ断定したことじゃないけど。
私が見た限りじゃカースさんが一番信用してるのはレイだと思ってた。
でもレイは首を縦にも横にもふりそうになかった。
建物の扉がキリさんによって開けられた。キィィと軋む音もしない。
「祭壇にそれを置けば良いわ。でも祭壇に触れることのないように」
レイがすたすたと建物の中の祭壇に手紙を置いて戻ってきた。でもどうして祭壇に手紙なんだろ?
手紙って、読むものでしょ? キリさんに宛てた手紙はキリさんが読むのが当然なのに。
それにレイがキリさんの指示どおりちゃんと従ってるっていうのも、なんだか変。
しかも、キリさんはレイが戻って来ると両手を建物の中側、石の床に手をつけて片膝をついてた。
リレーの第一走者がする姿勢の準備態勢で頭を下げて目を閉じて精神統一してる。
かなり気合いが入ってるけどここは建物前で。走って数秒もたたない前に円形の祭壇に足ぶつけるよ?
「……開かれよ碧翼の扉、汝世の理にありし者。五神柱が一人告示者……」
なんだろ? 気のせいかも知れないんだけど、何かに引っ張られてるような。
体がじゃなくて、精神みたいなトコが。身体は何も引っ張られてないのに引き寄せられてる妙な感覚。
悪霊に取り憑かれるのとはまた違う。だから何処から感じるのかもわからない。
これって気にしすぎだからだよね? だから心配な……
「……八湖柳原の主ハウリニストと同列に並びし者よ……」
「レイ?」
さっき私の横でレイの体がぐらりと傾いたようにみえたんだけど……幻覚見え始めてきた?
あ、やば。私もうとうとと……瞼が重い……ここまで来て安心して疲れたのかな、私。
でもそれにしては……安心して疲れが来るっていうようなものじゃないような。
長い時間歩いた足が今になってふらついて来るのはわかるけど。でも上半身に疲れとか痛みってないほうだし。
眠いのを我慢してあくびを抑えた私は前によろけた。あ、今よろけたらつまづいて転ぶ……神経が鈍くて。
『―――』
よたよたと踏みとどまれない私を右腕一本でレイが支えた。
「平気か」
「ありがと。あー……なんか眠いや」
キリさんの呟く言葉が何なのかわかんなくなってきた。元々小さい声だったのがもっと遠くなって……
うつらうつらと半分真っ暗、夢の中。どうしちゃったんだろ、私。
少女の体がぐらつきをみせた。さすがにこの段階まで来ると威圧感に耐えきれなくなってくるか。
青年も声には出ていないが抵抗は限界に近い。これでも二人はよく持つほうだ。術をかける私自身辛い。
とはいっても、魔力を差し出しているのはあの二人。主に少女の方から集めているが。
私から流れる魔力は、少女と比べれば微弱なものだ。しかし、微弱でこんなにもだ。
基礎魔力の高さは前世から受け継ぐもの。少女の前世は、余程高名な魔導師だろうか。
今行っているのは召還。召喚士が魔力の行使によって呼びよせるのは魔獣の召喚という。
召還とはそれとは違う、人にあらざる存在を引き寄せる術式だ。
通常、無契約の魔獣を術者の許に呼び寄せることは難しいとされる。
一定時間術者の魔力によって操る以前に異界との扉を自分の場に作り開かなければならない。
まず、それだけでも才と膨大な魔力が必要。しかも契約を結べるかどうかは魔力の大きさとは別だ。
召還は召喚よりも遙かに高度な魔法。召還によって呼び寄せるのは神なのだから当然だ。
この世界において絶対の力を持ち、世界を最も識る五人の生贄。五人の死神。
当然、世界の識者たる神と世界の住人に過ぎない魔獣では格が違う。棲む世界が違ってもそれは変わらない。
一介の魔導師に過ぎない私の魔力だけでは到底召還など出来ようはずもない。
私もそれなりに魔力はある。いや、一般の者よりは召喚には長けていると自負しよう。
魔獣を呼ぶことは私の魔力を持ってすれば難しいことではない。…………だが。
神を召還することは高位魔獣の頭を二十、同時召喚することよりも難しいという。
逆に言えばそれをこなせれば神すらも呼び寄せることが出来るというわけだが。
低位魔獣を呼ぶにしても一般の魔道士一人で五体。高位魔獣なら二体呼び出して喰らわれなければ良いほうだ。
操る以前に呼んで喰われずにすむかどうかなのだ、一人前の魔道士でさえも。
魔道士より上位である魔導師ならば無契約の低位魔獣五体を同時召喚するは朝飯前だが。
私の場合、契約した高位魔獣の頭五体を同時召喚し操れていたという程度。
高位魔獣の上に位置する彼らを守り司る最高位の魔獣など、門を立てるだけで精一杯だった。
そこで己の限界を悟り、私一人で門を開けることはしなかったが。
最高位の魔獣は、もはや神といったほうが近い。竜神ラゴス、鳥神エピュア。
もしもどちらか一体でも契約を結ぶことが出来たなら、それは神を友とするも同じ。
異界の神を友とする程の力があったのなら、私は死神の力を借りずとも済んだのに。
その力がないから、私は死神を頼るしかない。けれどそれすら一人ではままならない。
道具や場所に最良を尽くして、魔力ある者を集わせようやく召還に応えてもらえる希望ができる。
それ程、神の召還とは難しいということ。だが、私がしたいのは神の力を呼ぶことだ。
この場に魔力を持つのは私を含め三人しかいない。力を呼ぶだけならば、魔力は足りるようだった。
あの手紙には神を呼ぶ為の魔法陣が描かれている。本来ならば魔法陣と呪文によって神を呼ぶ。
魔法陣が場の魔力を集め、留めさせ神を呼ぶ力に転じさせる。
神を呼ぶには多大な魔力がいる。それはけして両手でたる人数で出来ることじゃない。
しかし神の力を借りるだけなら、神を呼ぶ時よりも格段に少ない魔力で事足りる。
それでも私一人の魔力だけでは到底無理なことだった。しかし背後の少女だけで、事態は変わった。
もし後五人、少女と共にいた者たちもこの場に集っていたのなら。
神を一柱呼び出すことも出来るのかもしれない。けれどそれでは理の均衡が崩れる。
少女が大した魔力ももたない青年と二人で来たことが、今となっては本当に安心させられた。
こうして儀式を展開させるまでは彼女の魔力がどれ程のものか、測れずにいた。
『グラァ……』
少女が倒れるのを背後に感じた。無理もない。
魔力を吸収されることは精神を疲れさせる。気絶することは時間の問題だった。
彼女一人で、一体魔導師何人分の役割を果たしたことだろうか。
少女が倒れて数瞬後、祭壇が光を放ち始めた。月の明かりにも似た白い光。
光が祭壇から水のように祭壇から流れるように溢れてくる。重さのない水のように。
そして厚みのあるような光が暗い地下の建物の中心を淡く照らしだす。
その光が建物内に広がりやがて私の手にまで触れた時、光は消えた。
私の両手の間には神の力が凝縮された物があった。
先程の魔法陣が彫り込まれている銀色に輝く鏡。聖なる鏡とは名ばかりの、魔鏡が。
本当に……これで良いのだろうか、カースさん。
あなたの言葉に私欲は無く、誤りはこれまで三度しかなかったことしか私は知らない。
抑える為とはいえ本当に、これで。まさか呼び出せるとは信じていなかった。
私は、どこか失敗するだろうと。でもこれは、しなければならないことだった。
これから世界を巻き込む戦いが起こる。それは私にも見えていた。
そしてその被害で生まれる犠牲を抑える為にこの魔鏡が必要だった。そう出た。
けれど……必ずしも予測が当たるということがないのではないか。
私もあなたも運命というものを垣間見たわけではない、そうでしょう。
そして何故、聖なる存在である故の神の力は恐ろしいものなのか?
私の胸のうちの疑問に答えるものは何もない。そして尋ねても、誰にもわからない。
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